ほ ろ 酔 い
■■住所 : 〒810-0031 福岡市中央区谷2丁目 谷公園横
■■営業時間 : 11:00〜14:00、17:00〜22:00
名物おばあちゃん
小さなカウンター席と対面するような形で作られた、小さな小さな台所の中を、ほろ酔いのおばあちゃんはゆったりとした足取りで歩き、お腹を空かせた九大生たち一人ひとりに声をかけて回る。
「来月あんたのサークルの演奏会があるみたいやね。練習忙しいんやないと?」
「もうすぐ連休やけど、あんたは実家帰るとね?」
六本松キャンパスにて一般教養科目を学ぶ生徒の多くは、地方から出てきたばかりの1、2年生だ。自活を始めたばかりで、心細い思いをすることが多い新入生たちにとって、母親のように自分たちを見守ってくれるほろ酔いの存在は、どれほど大きいものだろうか。
■昔の九大生
から揚げ定食
「ほとんどの学生が間貸しで住んでた頃ね、夕方になると学生たちが走ってうちまで来てね、行列作っとったと。お店の中はいつもいっぱいでね、そらぁもう、にぎやかやったねぇ」
席に座った時は知らない者同士であっても、隣り合った学生がひとたび同じ出身県、同じ出身校と分かると、よもやま話に花が咲いて、いつの間にか肩を叩き合って大声で笑っていた、なんてこともしょっちゅうだった。九大生全体が、まるでひとつの大家族のようだったのだ。
そして、どんな素朴な日常の風景の中にも、年長者が年少者を愛しみ、年少者が年長者を敬うという、伝統的な先輩後輩関係を大事にする九大生の姿勢が表れていた。
「お昼時でお店がいっぱいの時、店の中で立って待ってるのは必ず先輩で、座って食べてるのはいつも後輩。でも、午後授業が入ってない子は、『俺は後でよかですから、先輩、どうぞどうぞ』って、進んで先輩に席を譲るんよね」
自分たちの出身高校から九大を受験する後輩がいると聞きつければ、学生たちは六本松キャンパスの塀に、受験生応援のための檄文(げきぶん)を掲げるために奔走したという。
「学生さんたちはよく、すぐそこの谷公園で垂れ幕とか作っとったんやけどね、雨が降る日なんかは『すいません、ここで書かせてください!!』って、うちに頼みに来てねぇ。」
檄文を貼れる場所は限られているため、受験シーズンの場所取り合戦は、大変な見ものだったそうだ。
「何人かで作ってたら、そのうち誰かが『お前、そろそろ場所取りに行ってこい!後は俺たちがやるけん』って指示を出して、ふたりくらいがここから学校までたーっと走っていきよったね」
■第2の母として
サービスのたくあんと佃煮
「今の子は自分の好きなもんしか食べないから、いざという時、力が出ないでしょう。しっかり栄養のあるもの食べんとね」
お店の中央では、大きな鍋で定食のお味噌汁のだしを取っている。使い終わったにぼしは佃煮にして、「よかったらどうぞ」と、たくあんと一緒にテーブルの上に置いている。どの食材も、決して無駄にはしない。
お味噌汁、おいしいですね、と声をかけると、「ひとり分だけ作るより、おっきいお鍋で大人数のために作るほうが、おいしいんよ」と笑う。
■OBとの思い出
平成4年まで、定食は一律350円だった
卒業後、高校教諭として勤め始めたOBが、九大に入学した自分の教え子に、ほろ酔いまでの行き方を示した手書きの地図を渡したそうだ。「また、美味いメシを食わせてやってくれ」と、おばあちゃん宛てに一筆書き添えられた小さな地図には、ほろ酔いを思い慕う気持ちがいっぱいに詰まっていた。
学生時代、ほろ酔いに足繁く通っていた元九大生たちが、出世してお店まで持ってきてくれる立派な名刺は、何よりの宝物だと言う。彼らが登場した新聞記事も、スクラップして大事に保管しているのだ、と古びて黄色くなった切抜きの束を引き出しから取り出して、嬉しそうに見せてくださった。皆との年賀状のやりとりも、毎年恒例の楽しみだ。お店とおばあちゃんとのツーショット写真を大きく載せるのが、ほろ酔いの年賀状のお決まりのデザインだそう。
■ほろ酔いらしさ
ふと見ると、お店の中のカウンターもメニュー板も、独特の形をしている。「このカウンターは、木を切ってくっつけてあるの。うん、全部手で作ってあるとよ。」
ご主人と親戚のおじいさまが宮大工さんだったおかげで、ほろ酔いの内装は他のどの店にも見られない、オリジナリティーに溢れている。台湾のトガの木の切り株を連ねたカウンターテーブルは、木目の美しさも際立ちつつ、それでいて頑丈で居心地がいい。また、お店の営業時間を記した看板も、まるでもともとお宮の中にあったかのような、ユニークな作りをしている。
時代を経て木材の老朽化が進んでも、九大生たちが大学で学んだ知識を使って、補修をしてくれるそうだ。確かにカウンターのあちらこちらには、ひび割れた部分を埋め合わせた後が見られる。どんな小さな家具ひとつにも、ほろ酔いだけにしか語れないエピソードがあるのだ。
「だから、この店はどこにもやりたくないよね。手放したくない。」と、おばあちゃんはつぶやく。
■移転について
愛用のカセットプレーヤー
OBの方々からお店へと送られてくる手紙などから、皆一様に六本松の今後を心配なさっている様子が伺えるそうだ。
「どうしようもないけど、でも…やるだけやるのよ。」
おばあちゃんは気合を入れ直すように、愛用している小さなカセットデッキを持ち出して、ご自身の愛してやまない演歌を流し、合わせてきれいな歌声も披露してくださった。「演歌は歌詞がいいよね。」お気に入りの歌手について熱弁をふるうあまり、火にかけていたお鍋が吹きこぼれてしまう、というハプニングに見舞われ、おばあちゃん、学生一同で、顔を見合わせて大笑いした。どんなときでも、ほろ酔いに笑い声が絶えることはないのだ。
名物おばあちゃん
店内風景
ほろ酔いのおばあちゃん。いつもお腹いっぱい食べさせてくれて、いっぱい笑わせてくれてありがとうございます。
またお味噌汁いただきに行きます。女の子には、小さいどんぶりでご飯出されますけど、もちろん、いつもみたいに私のご飯は大きいどんぶりの方で出してくださいね。
またお味噌汁いただきに行きます。女の子には、小さいどんぶりでご飯出されますけど、もちろん、いつもみたいに私のご飯は大きいどんぶりの方で出してくださいね。