若 松 

若松は田島寮の近くにある500円均一の定食屋だ。安くてうまい、しかもボリューム満点と3拍子そろった若松は、食事時になるといつも学生でいっぱいだ。営業時間は10:00〜13:00、17:00〜21:00で、休業日は日曜祝日だ。今回はお店のご主人の古賀勝之(68)さん、女将の古賀テツコ(68)さんにインタビューしてきた。

■お店の沿革
屋号の若松には「若…31・2歳の若い夫婦」「松…店が長く続くように」という意味がこめられているそうだ。屋号の通りお店は37年間という長い間続いている。
ご夫婦は結婚後すぐに六本松ではないところで商売を始めたそうだが、ご主人が子供を保育園に預けてまで商売を続けることに反対して、一時商売をやめていたそうだ。しかし子供が成長してきた頃、女将さんの母親の「六本松には九大が近くて学生が多く、家賃が1万5千円(当時)と安い場所がある。」という勧めで、六本松で商売を始めたそうだ。
■メニュー
メニューは元々大人の客を想定してラーメンやちゃんぽんもやっていたそうだ。しかし学生客が一般客よりも多いことから、自然と定食の比重が高まっていったという。定食のみのメニューに変更してから20年で、現在のメニューにしてからは10年ほど経つという。 昔はミックス定食(オムレツ、コロッケ、魚のフライなど)が人気だったそうだ。今は日によって人気メニューは変わるものの、サイコロステーキ定食、とんかつ定食、唐揚げ定食、豚マヨ定食、かつ丼がよく出る。同じメニューばかりに注文が集中するとき、お茶碗が足りないことまであるそうだ。

■学生へのサービス
メニューをお得にすると、学生が次々に来るようになったそうだ。特に最近は携帯を使ってすぐに情報が学生中に広がるのだと言う。 例えば女将さんはバレンタインにはチョコを用意したり、節分には豆を用意したりするそうだ。「50・60人分は用意するけど、足らん分は気持ちたいね。」と、女将さんはチョコがなくなったら代わりに飴などを用意する。このような心配りに学生が喜んで「ありがとうございます!」と言ってくれる。女将さんが「おばさんからもらってもうれしくなかろう?」と聞くと、学生が「いや、うれしいです!」と言って喜んでもらっていくそうだ。
女将さんは果物が大好きで「学生にも季節の果物を食べさせたい。」と思って、学生にミカン、カキ、リンゴなどをサービスして出すことがあるという。「みかんの皮をむくのが面倒くさい!」という学生がいたという残念なエピソードもあったが、多くの学生は喜んで食べていく。サークルが団体で来るとき、事前に電話をすると果物を用意することもあるそうだ。「ソフトボール、水泳、テニス、陸上、ラクロス、弓道、書道部…もう沢山ねぇ(学生が来るんですよ)」「みんな『本当に安い!』といって喜んでくれるんですけど、儲からんもんね〜(笑)」と、笑いながら話す女将さん。「儲けよりも学生に安くておいしいものを食べさせたい」という親心がひしひしと伝わってくる。
■券売機
開店当初定食の料金は350円だったそうだが、10年ほど前から500円均一で定食を提供している。かつては注文を受けて、食事を終え、帰る前に料金を現金で受け取る方式だったが、時々ごはん大盛りの注文にお金をもらい損ねることがあったという。学生は多くお金を取られると抗議するが、請求されなかったらお金が浮いたと考えるので採算が合わない。そこで現在の券売機スタイルが始まったと言う。元は市役所にあった中古の券売機をリースで使用しているそうだ。これでもらい損ないがなくなったそうだ。六本松では珍しい券売機スタイルはこのようにして始まった。

■ダブル
若松では「ご飯2倍かつおかず2倍」の定食のことを通称「ダブル」と呼んでいる。ただでさえボリューム満点の定食がダブルだと2倍になるのだから、それはもうすごいボリュームだ。若松にはこのダブル定食をめぐる数々の伝説や思い出がある。
そのひとつが田島寮の春の恒例行事である。「田島寮にABC棟ってあるでしょ。そのA3の子たちが15人くらい来てね、全員ダブルの生姜焼きかなんかを頼むんよね。先輩が『食ったか?食ってみろ!!』って言って、新入生に食べさせるんですよ。今までこんなちっちゃい茶碗でご飯食べてたのに、こんな丼でいきなり食べられるわけないでしょ?寮の四月の恒例行事みたいなもんやけど、新入生は可哀そうよ。でもその新入生も2年生になったら、また新入生ば連れてくるとけどね(笑)」と、女将さんは笑いながら話してくれた。毎年新入生に対して行われるこの寮の洗礼を通して、新入生は田島寮生として受け入れられていくのだろう。
「サークルの男の子はダブルを頼むんですよ。ダブルではご飯は普通の二倍、とんかつは三枚でね。『ダブルはきついね〜』って言って、じっと動かれん子もおる。大人は食べきれんですよ。」そんな、男の子でも苦しみながらやっと食べ終えるダブルの定食なのだが、それを完食した伝説の女の子がいたそうだ。「女の子はたった一人おりますよ。ダブルを完食した子が。『一回の食事でパン12個食べるよ、おばちゃん。』って言うんですよ。5年くらい前かな。」数多くの学生を見てきた女将さんもこの女の子には度肝を抜かしたそうだ。
■九大生との思い出
大学1年生のお母さんが息子に連れられてやってきたことがあった。若松の定食を見た母親は「こんなにたくさん野菜を出してもらってね。」と、安心して帰って行ったそうだ。「きれいに食べるね、学生は。大人は残すけど。若い子の中には野菜を一杯と注文する子もいる。」女将さんは学生の食事の姿勢をほめてくれた。
「女の子が来たときに『ご飯はそんなに食べれませんので少なくていいです。』と、あらかじめ言ってくれた。もったいないもんね。だからご飯の代わりにイチゴをつけてあげたのよ。気持ちの問題で、500円払って残されるよりは、前もって言ってくれたらこっちも対応のしようがあるでしょ。イチゴとかにはビタミンCが多いとよ!」女将さんから次々と出てくる学生とのやり取り。その一つ一つに学生とご主人や女将さんとの何気ない中に温かみのある交流が見える。

■田島寮生との思い出
「去年、田島寮の卒業生が彼女連れて来たんよ。『4月に結婚します』って言って。彼女は『うれしいけど不安もある』って言ってたけど、私は『この子は学生の時からいつもにこにこしていい子やったけん』って話をしたんよ。」と、女将さんは弾むような笑顔で話してくれた。
「5年くらい前の卒業生が来たこともあったね。入り口で食券買って、すぐカウンターに座るんよ。そして『おばちゃん、覚えとる?俺、田島寮生やったとよ』って。私は全員の顔は覚えてないけど、うれしかった。」何十人も何百人もの学生を相手してきた若松のご主人と女将さん。残念ながら学生全員のことを覚えているわけではないが、九大生・田島寮生を実の子供のように大切に思ってくれている事が伝わってくる。
■学生の変化
学生の変化について尋ねると「あんまり変わらないみたいですよ。でも今のほうが大人かな。昔の学生は幼稚でしたもんね、世の中に出てないから。今の学生はしっかりしてて、テレビとか新聞とかで世の中のことをよく知ってますよ。」と教えてくれた。それからファンションに関しても「昔はタンゼンとか綿入れとかを来て、お店に来る子が多かったよ。今はみんなしゃれてますよ。綿入れなんて着てなくて、ダウンとか着てお店に来ますよ。」とコメントしてくれた。九大生といえばよく「いも九」と言われて垢抜けないイメージがあるが、ファッションに関してはそれは変わりつつあるのかもしれない。

■移転
「九大が移転したら影響はすごいでしょうね?」私たちの問いに女将さんは「影響は大きいと思うよ。何で動かさないかんと?六本松を福大みたいに高層ビルにしたらいいんやないと?誰が移転を言い出したんやろうね?あんなに山奥に行かんでもよかとに。」と、九大六本松キャンパスの移転を残念がった。「どうなることかね〜。がっかりよ。お客さんも少なくなって。今でも夜は静かで・九大が移転したら、ほんと思い出しかないね。全部思い出になってしまった。あの子もこの子もおったねぇ、って。」「でも春日の子たちが『六本松が移転してもバイクでまた来るよ!』って言ってくれるから、やめられんよね。このへんから大学に通う子が、毎日来るって言ってくれるのはうれしいけど、毎日のように来よった子がぱったり来んようになったり、月一回しか来なくなったら、さみしいよね。」これまでの九大生との思い出が多いだけに、ご主人と女将さんの寂しさはひとしおだろう。

■九大生へのメッセージ
「最高の勉強をしているんだから、偉くなって世の中を動かしてほしい。九大生は割合いい方で、新聞のネタになってるもんね。うれしい。」と、女将さんは九大生への期待を語った。


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